昨日は神奈川から来た長男家族と秋吉台、秋芳洞に行きました。
秋吉台で気になったのですが、草原に羊の群れがいるように見えるという石灰岩が昔の記憶ではもっと白かったように思います。
昔より灰色になった気がします。
観光客が増えて昔より汚れた?
地球環境の変化により汚れた? 酸性雨とか?
帰ってネットで調べてみましたが、そのような情報はありませんでした。どうも記憶の問題のようです。
おそらく季節の違いで感じ方が違ったようです。
秋吉台の紹介ページから拝借しました。
初夏から草が生えてくると草原の中の石灰岩がより白く見えるようです。
他にもう一つ気になったのですが、秋芳洞は昔は「しゅうほうどう」と言ってたと思います。
現在は「あきよしどう」と言うようです。
こちらの件はWikipediaに情報がありました。
「当初から「秋芳洞」は「あきよしどう」が正式な読み方であるが、実際には「しゅうほうどう」と読まれることが多く、1955年に秋吉村を含む4箇村が合併した際には町名を秋芳町(しゅうほうちょう)とした。その後1963年に山口国体が開催された際、秋芳町が多数の観光客の来訪を予期して宮内庁に秋芳洞の読み方を再確認し、「あきよしどう」であるとの回答を得たが、現在も地元では「しゅうほうどう」の読みも普及している。」
だそうです。
ちょっと気になった話でした。
秋吉台で気になったのですが、草原に羊の群れがいるように見えるという石灰岩が昔の記憶ではもっと白かったように思います。
昔より灰色になった気がします。
観光客が増えて昔より汚れた?
地球環境の変化により汚れた? 酸性雨とか?
帰ってネットで調べてみましたが、そのような情報はありませんでした。どうも記憶の問題のようです。
おそらく季節の違いで感じ方が違ったようです。
秋吉台の紹介ページから拝借しました。
初夏から草が生えてくると草原の中の石灰岩がより白く見えるようです。
他にもう一つ気になったのですが、秋芳洞は昔は「しゅうほうどう」と言ってたと思います。
現在は「あきよしどう」と言うようです。
こちらの件はWikipediaに情報がありました。
「当初から「秋芳洞」は「あきよしどう」が正式な読み方であるが、実際には「しゅうほうどう」と読まれることが多く、1955年に秋吉村を含む4箇村が合併した際には町名を秋芳町(しゅうほうちょう)とした。その後1963年に山口国体が開催された際、秋芳町が多数の観光客の来訪を予期して宮内庁に秋芳洞の読み方を再確認し、「あきよしどう」であるとの回答を得たが、現在も地元では「しゅうほうどう」の読みも普及している。」
だそうです。
ちょっと気になった話でした。


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